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東京地方裁判所 平成3年(刑わ)1295号 判決

主文

被告人甲及び被告人丙をいずれも懲役一年六か月に、被告人乙を懲役二年にそれぞれ処する。

被告人甲及び被告人乙に対し、未決勾留日数中各三〇日をそれぞれの刑に算入する。

この裁判確定の日から、被告人丙に対し五年間その刑の執行を猶予する。

理由

(犯罪事実)

第一  被告人三名は、一九九一年度学校法人明治大学一部政治経済学部の入学選抜試験に際し、同学部に入学を希望している者に合格点を取らせるため、いわゆる替え玉受験者に同試験を受験させてその答案を偽造、行使することを企て

一  被告人甲、乙、丙は、A、Bと共謀の上、別表1記載のとおり、平成三年二月一八日午前一〇時ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、いずれも川崎市多摩区〈番地略〉明治大学生田校舎第二校舎五号館五三〇四番教室において、行使の目的をもって、ほしいままに、右Bにおいて、配付された同試験の英語科目解答用紙ほか二通の解答用紙の氏名欄に「C」、受験番号欄に「18414」、解答欄の〔I〕1欄に「3」などと黒色シャープペンシルを用いて記入し、もって、他人の署名を偽造してC名義の同試験英語科目答案ほか二通の答案を偽造した上、同日午前一一時三〇分ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、同所において、同試験監督者島田和彦に対し、右偽造にかかる答案三通をあたかも真正に成立したもののように装って提出して行使し(平成三年七月二二日付け追起訴状第一の一の事実)

二  被告人甲、同乙は、A、Dと共謀の上、別表2記載のとおり、同日午前一〇時ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、いずれも同教室において、行使の目的をもって、ほしいままに、右Dにおいて、配付された同試験の英語科目解答用紙ほか二通の解答用紙の氏名欄に「E」、受験番号欄に「済18415」、解答欄の〔I〕1欄に「3」などと黒色鉛筆等を用いて記入し、もって、他人の署名を偽造してE名義の同試験英語科目答案ほか二通の答案を偽造した上、同日午前一一時三〇分ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、同所において、前記島田和彦に対し、右偽造にかかる答案三通を前同様に装って提出して行使し(同第三の事実)第二 被告人三名は、同年度同大学二部法学部の入学選抜試験に際し、同学部に入学を希望している者に合格点を取らせるため、前同様に同試験の答案を偽造、行使することを企て

一  被告人甲、同乙、同丙は、

1 A、Dと共謀の上、別表3記載のとおり、同年三月四日午前一〇時ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、いずれも東京都千代田区〈番地略〉明治大学駿河台校舎五号館五二三番教室において、行使の目的をもって、ほしいままに、右Dにおいて、配付された同試験の英語科目解答用紙ほか二通の解答用紙の氏名欄に「F」、受験番号欄に「201」解答欄のI(問1)欄に「1」などと黒色鉛筆等を用いて記入し、もって、他人の署名を偽造してF名義の英語科目答案ほか二通の答案を偽造した上、同日午前一一時三〇分ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、同所において、同試験監督者乾昌幸ほか一名に対し、右偽造にかかる答案三通を前同様に装って提出して行使し(同年七月一〇日付け起訴状第一の事実)

2 A、Gと共謀の上、別表4記載のとおり、同日午前一〇時ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、いずれも同教室において、行使の目的をもって、ほしいままに、右Gにおいて、配付された同試験の英語科目解答用紙ほか二通の解答用紙の氏名欄に「H」、受験番号欄に「199」、解答欄のI(問1)欄に「1」などと黒色鉛筆を用いて記入し、もって、他人の署名を偽造してH名義の同試験英語科目答案ほか二通の答案を偽造した上、同日午前一一時三〇分ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、同所において、前記乾昌幸ほか一名に対し、右偽造にかかる答案三通を前同様に装って提出して行使し(同年七月二二日付け追起訴状第一の二の事実)

3 A、Iと共謀の上、別表5記載のとおり、同日午前一〇時ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、いずれも同教室において、行使の目的をもって、ほしいままに、右Iにおいて、配付された同試験の英語科目解答用紙ほか二通の解答用紙の氏名欄に「J」、受験番号欄に「200」、解答欄のI(問1)欄に「2」などと黒色鉛筆等を用いて記入し、もって、他人の署名を偽造してJ名義の同試験英語科目答案ほか二通の答案を偽造した上、同日午前一一時三〇分ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、同所において、前記乾昌幸ほか一名に対し、右偽造にかかる答案三通を前同様に装って提出して行使し(同第一の三の事実)

二  被告人乙および同丙は、

1 A、a、Kと共謀の上、別表6記載のとおり、同日午前一〇時ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、いずれも前記明治大学駿河台校舎五号館五四三番教室において、行使の目的をもって、ほしいままに、右Kにおいて、配付された同試験の英語科目解答用紙ほか二通の解答用紙の氏名欄に「b」、受験番号欄に「629」、解答欄のI(問1)欄に「1」などと黒色シャープペンシルを用いて記入し、もって、他人の署名を偽造してb名義の同試験英語科目答案ほか二通の答案を偽造した上、同日午前一一時三〇分ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、同所において、同試験監督者林雅彦ほか一名に対し、右偽造にかかる答案三通を前同様に装って提出して行使し(同年七月一〇日付け起訴状第二の事実)

2 A、a、Lと共謀の上、別表7記載のとおり、同日午前一〇時ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、いずれも同教室において、行使の目的をもって、ほしいままに、右Lにおいて、配付された同試験の英語科目解答用紙ほか二通の解答用紙の氏名欄に「M」、受験番号欄に「628」、解答欄のI(問1)欄に「2」などと黒色シャープペンシルを用いて記入し、もって、他人の署名を偽造してM名義の同試験英語科目答案ほか二通の答案を偽造した上、同日午前一一時三〇分ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、同所において、前記林雅彦ほか一名に対し、右偽造にかかる答案三通を前同様に装って提出して行使し(同年七月二二日付け追起訴状第二の二の事実)

3 A、a、Nと共謀の上、別表8記載のとおり、同日午前一〇時ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、いずれも同教室において、行使の目的をもって、ほしいままに、右Nにおいて、配付された同試験の英語科目解答用紙ほか二通の解答用紙の氏名欄に「d」、受験番号欄に「630」、解答欄のI(問1)欄に「1」などと黒色シャープペンシルを用いて記入し、もって、他人の署名を偽造してd名義の同試験英語科目答案ほか二通の答案を偽造した上、同日午前一一時三〇分ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、同所において、前記林雅彦ほか一名に対し、右偽造にかかる答案三通を前同様に装って提出して行使し(同第二の三の事実)

4 A、a、Oと共謀の上、別表9記載のとおり、同日午前一〇時ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、いずれも東京都千代田区〈番地略〉明治大学駿河台校舎六号館六一二番教室において、行使の目的をもって、ほしいままに、右Oにおいて、配付された同試験の英語科目解答用紙ほか二通の解答用紙の氏名欄に「P」、受験番号欄に「972」、解答欄のI(問1)欄に「3」などと黒色鉛筆を用いて記入し、もって、他人の署名を偽造してP名義の同試験英語科目答案ほか二通の答案を偽造した上、同日午前一一時三〇分ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、同所において、同試験監督官髙野貞夫に対し、右偽造にかかる答案三通を前同様に装って提出して行使し(同第二の一の事実)

5 a、Qと共謀の上、別表10記載のとおり、同日午前一〇時ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、いずれも前記明治大学駿河台校舎六号館六三一番教室において、行使の目的をもって、ほしいままに、右Qにおいて、配付された同試験の英語科目解答用紙ほか二通の解答用紙の氏名欄に「R」、受験番号欄に「1380」、解答欄のI(問1)欄に「1」などと黒色シャープペンシルを用いて記入し、もって、他人の署名を偽造してR名義の同試験英語科目答案ほか二通の答案を偽造した上、同日午前一一時三〇分ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、同所において、同試験監督者高村潤に対し、右偽造にかかる答案三通を前同様に装って提出して行使し(同第五の事実)

三  被告人乙は、

1 A、Bと共謀の上、別表11記載のとおり、同日午前一〇時ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、いずれも前記明治大学駿河台校舎五号館五三一番教室において、行使の目的をもって、ほしいままに、右Bにおいて、配付された同試験の英語科目解答用紙ほか二通の解答用紙の氏名欄に「T」、受験番号欄に「250」、解答欄のI(問1)欄に「1」などと黒色シャープペンシルを用いて記入し、もって、他人の署名を偽造してT名義の同試験英語科目答案ほか二通の答案を偽造した上、同日午前一一時三〇分ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、同所において、同試験監督者小川尚男ほか一名に対し、右偽造にかかる答案三通を前同様に装って提出して行使し(同年七月一〇日付け起訴状第三の事実)

2 A、Uと共謀の上、別表12記載のとおり、同日午前一〇時ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、いずれも同教室において、行使の目的をもって、ほしいままに、右Uにおいて、配付された同試験の英語科目解答用紙ほか二通の解答用紙の氏名欄に「Y」、受験番号欄に「219」、解答欄のI(問1)欄に「1」などと黒色鉛筆を用いて記入し、もって、他人の署名を偽造してY名義の同試験英語科目答案ほか二通の答案を偽造した上、同日午前一一時三〇分ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、同所において、同試験監督者西垣通ほか一名に対し、右偽造にかかる答案三通を前同様に装って提出して行使し(同年七月二二日付け追起訴状第四の一の事実)

3 Zと共謀の上、別表13記載のとおり、同日午前一〇時ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、いずれも同教室において、行使の目的をもって、ほしいままに、右Zにおいて、配付された同試験の英語科目解答用紙ほか二通の解答用紙の氏名欄に「V」、受験番号欄に「252」、解答欄のI(問1)欄に「1」などと黒色シャープペンシルを用いて記入し、もって、他人の署名を偽造してV名義の同試験英語科目答案ほか二通の答案を偽造した上、同日午前一一時三〇分ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、同所において、同試験監督者小川尚男ほか一名に対し、右偽造にかかる答案三通を前同様に装って提出して行使し(同第六の一の事実)

4 A、Wと共謀の上、別表14記載のとおり、同日午前一〇時ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、いずれも前記明治大学駿河台校舎五号館五五二番教室において、行使の目的をもって、ほしいままに、右Wにおいて、配付された同試験の英語科目解答用紙ほか二通の解答用紙の氏名欄に「X」、受験番号欄に「743」、解答欄のI(問1)欄に「1」などと黒色シャープペンシルを用いて記入し、もって、他人の署名を偽造してX名義の同試験英語科目答案ほか二通の答案を偽造した上、同日午前一一時三〇分ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、同所において、同試験監督者内野儀ほか一名に対し、右偽造にかかる答案三通を前同様に装って提出して行使し(同第四の二の事実)

第三  被告人三名は、同年度同大学二部商学部入学選抜試験に際し、同学部に入学を希望している者に合格点を取らせるため、前同様に同試験の答案を偽造、行使することを企て

一  被告人甲、同乙及び同丙は、A、Gと共謀の上、別表15記載のとおり、同月五日午前一〇時ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、いずれも東京都千代田区〈番号略〉明治大学駿河台校舎一〇号館一五〇番教室において、行使の目的をもって、ほしいままに、右Gにおいて、配付された同試験の英語科目解答用紙ほか二通の解答用紙の氏名欄に「C」、受験番号欄に「5508」、解答欄の〔I〕問1A欄に「ニ」などと黒色鉛筆を用いて記入し、もって、他人の署名を偽造してC名義の同試験英語科目答案ほか二通の答案を偽造した上、同日午前一一時三〇分ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、同所において、同試験監督者田中誠一に対し、右偽造にかかる答案三通を前同様に装って提出して行使し(同年六月一九日付け起訴状第二及び同年七月二二日付け追起訴状第七の事実)

二  被告人甲、同乙は、A、Dと共謀の上、別表16記載のとおり、同日午前一〇時ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、いずれも前記明治大学駿河台校舎一〇号館一四〇番教室において、行使の目的をもって、ほしいままに、右Bにおいて、配付された同試験の英語科目解答用紙ほか二通の解答用紙の氏名欄に「E」、受験番号欄に「5357」、解答欄の〔I〕問1A欄に「ニ」などと黒色鉛筆等を用いて記入し、もって、他人の署名を偽造してE名義の同試験英語科目答案ほか二通の答案を偽造した上、同日午前一一時三〇分ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、同所において、同試験監督者赤沼浩一に対し、右偽造にかかる答案三通を前同様に装って提出して行使し(同年六月一九日付け起訴状第一の事実)

三  被告人乙は、

1 A、Bと共謀の上、別表17記載のとおり、同日午前一〇時ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、いずれも東京都千代田区〈番地略〉明治大学駿河台校舎一一号館三四番教室において、行使の目的をもって、ほしいままに、右Bにおいて、配付された同試験の英語科目解答用紙ほか二通の解答用紙の氏名欄に「T」、受験番号欄に「3553」、解答欄の〔I〕問1A欄に「ニ」などと黒色シャープペンシルを用いて記入し、もって、他人の署名を偽造してT名義の同試験英語科目答案ほか二通の答案を偽造した上、同日午前一一時三〇分ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、同所において、同試験監督者坂本清に対し、右偽造にかかる答案三通を前同様に装って提出して行使し(同年七月二二日付け追起訴状第四の三の事実)

2 A、Uと共謀の上、別表18記載のとおり、同日午前一〇時ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、いずれも前記明治大学駿河台校舎一一号館四〇番教室において、行使の目的をもって、ほしいままに、右Uにおいて、配付された同試験の英語科目解答用紙ほか二通の解答用紙の氏名欄に「Y」、受験番号欄に「3645」、解答欄の〔I〕問1A欄に「ニ」などと黒色鉛筆を用いて記入し、もって、他人の署名を偽造してY名義の同試験英語科答案ほか二通の答案を偽造した上、同日午前一一時三〇分ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、同所において、同試験監督者森章に対し、右偽造にかかる答案三通を前同様に装って提出して行使し(同第四の四の事実)

3 Zと共謀の上、別表19記載のとおり、同日午前一〇時ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、いずれも同教室において、行使の目的をもって、ほしいままに、右Zにおいて、配付された同試験の英語科目解答用紙ほか二通の解答用紙の氏名欄に「V」、受験番号欄に「3658」、解答欄の〔I〕問1A欄に「ニ」などと黒色シャープペンシルを用いて記入し、もって、他人の署名を偽造してV名義の同試験英語科目答案ほか二通の答案を偽造した上、同日午前一一時三〇分ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、同所において、前記森章に対し、右偽造にかかる答案三通を前同様に装って提出して行使し(同第六の二の事実)

4 A、Wと共謀の上、別表20記載のとおり、同日午前一〇時ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、いずれも前記明治大学駿河台校舎一一号館五三番教室において、行使の目的をもって、ほしいままに、右Wにおいて、配付された同試験の英語科目解答用紙ほか二通の解答用紙の氏名欄に「X」、受験番号欄に「4405」、解答欄の〔I〕問1A欄に「ニ」などと黒色シャープペンシルを用いて記入し、もって、他人の署名を偽造してX名義の同試験英語科目答案ほか二通の答案を偽造した上、同日午前一一時三〇分ころから午後三時三〇分ころまでの間、前後三回にわたり、同所において、同試験監督者髙橋あけみに対し、右偽造にかかる答案三通を前同様に装って提出して行使し(同第四の五の事実)

たものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(争点に対する判断)

一  被告人甲の弁護人は、本件答案は、それ自体から何らの意味又は意思等を看取することはできないとして、被告人乙の弁護人は、本件答案は、採点者等による評価の対象となるにすぎず、証拠性を有しないとして、それぞれが刑法一五九条一項にいう事実証明に関する文書に該当せず、したがって、被告人らの各行為につき、有印私文書偽造、同行使罪は成立しない旨主張するが、その理由とするところはいずれも採用し難い。しかし、各所論は、理由はともかく、その私文書性を争っているので、この点について判断する。

本件の学校法人明治大学の大学各学部各学科の入学選抜試験の答案は、所定の解答用紙に試験問題の各設問に対する解答、すなわち、受験した志願者が正解と判断する意識の内容が記載された文書であるところ、この解答を客観的な基準に従って採点することにより、受験した志願者の学力が客観的に測定されることになる。そして、その採点結果によって選抜試験の合否が当該教授会において判定され、その合格判定を受けて入学が許可されることとなっている。以上によれば、本件の答案は、それに合格すれば入学許可が与えられることとなる選抜試験の合否判定のために作成が求められているものであって、受験した志願者がいかなる解答をしたかという事実を証明し、ひいては受験した志願者の学力の程度を客観的に示している文書であるから、刑法一五九条一項にいう事実証明に関する文書に当たる。

したがって、弁護人らの右主張はいずれも採用しない。

二  また、被告人甲の弁護人は、本件各志願者は、自己の名において何者かが受験することを容認したと認定すべきである、すなわち、被偽造者である被害者の承諾があったから、同被告人に対する有印私文書偽造、同行使罪は成立しない旨主張する。

しかしながらCの検察官に対する供述調書三通(〈書証番号略〉)、Eの検察官に対する供述調書(〈書証番号略〉)、F(〈書証番号略〉)、H(〈書証番号略〉)及びJ(〈書証番号略〉)の司法警察員に対する各供述調書、さらに被告人甲の検察官に対する平成三年六月一六日付け供述調書二通(一四丁のもの及び一二丁のもの)(〈書証番号略〉)などによれば、これらの各志願者は、本件当時、自分らに替わって他の者が本件選抜試験を受験することは認識していなかったことが認められ、弁護人の右主張は前提を欠く。

なお、仮に、本件各志願者が替え玉受験が行われることにつき何らかの認識があり、「承諾」があったとしても、本件のようにまさに文書の作成名義人と現実の作成者との人格の同一性についての欺罔が存する場合には、その目的のために与えられた「承諾」を有効と認めるべきでないことは当然である。そのような「承諾」は、作成者に適法な作成権限を与えるという性質のものではありえず、かえって、文書偽造罪の共犯を構成する行為としての評価を受けるべきものであろう。

三  被告人丙の弁護人は、同被告人に対して刑法四〇条を類推適用すべきであると主張するが、独自の見解であって採用できない。

(法令の適用)

被告人三名の判示行為のうち、有印私文書偽造の点は、各答案ごとにいずれも刑法六〇条、一五九条一項に、同行使の点は、各答案ごとにいずれも同法六〇条、一六一条一項、一五九条一項にそれぞれ該当するところ、右の各有印私文書偽造とその行使との間には手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条により一罪として犯情の重い偽造有印私文書行使罪の刑で処断することとし、以上は各被告人それぞれに同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い罪(被告人甲につき判示第三の二の偽造英語答案の行使罪、同乙につき判示第二の三の1の偽造英語答案の行使罪、同丙につき判示第三の一の偽造英語答案の行使罪)の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人甲及び同丙をいずれも懲役一年六か月に、被告人乙を懲役二年にそれぞれ処し、被告人甲及び同乙に対し、同法二一条を適用して末決勾留日数中各三〇日をそれぞれの刑に算入し、被告人丙に対し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予することとする。

(量刑の事情)

一  犯行に至る経緯

被告人甲は、昭和四〇年三月明治大学法学部を卒業し、同乙は、昭和三二年三月同大学二部商学部を卒業し、いずれも卒業後同大学職員として勤務し、ともに書記の地位にあったものであるが、被告人乙は、知人からその子弟を同大学に入学させられないかとの相談を受け、昭和五六年度同大学入学選抜試験ころから、志願者とともに優秀な大学生を受験させ、その大学生の答案を志願者にカンニングさせる方法による不正入学を実行し、被告人甲も、被告人乙に頼んで、同大学相撲部に入部させたいが体育推薦には通らない志願者を右の方法により不正に入学させていた。しかし、右方法による不正入学の成功率が必ずしも高くなかったことから、被告人乙は、志願者の替わりに替え玉受験生となる大学生などの顔写真を明治大学入学志願者票のE票(受験生写真照合票)に貼付して出願した上、その替え玉受験生に試験を受けさせ、合格後、学籍原簿に貼付された顔写真との照合がなされる前に、大学において保管中のE票に貼付された顔写真を志願者本人のものに貼り替えるという方法によるいわゆる替え玉受験を行うことを企て、被告人甲にその話を持ち掛け、被告人乙が替え玉学生の調達、被告人甲がE票の写真の貼り替えという役割分担を決めた。また、被告人丙も、その不正入学のうわさを聞きつけ、被告人甲から替え玉受験のやり方を聞いて、これに加わることとなり、昭和五九年度入試のころから、被告人三名は、替え玉受験を実行し、平成二年度の入試まで毎年数名の志願者を合格させ、志願者の親などから多額の報酬を得ていた。この間、昼間の一部の学部の入試が難しくなったことから、夜間の二部の学部での替え玉受験に移行し、昭和六二年度入試のころから、共犯者aによって確実にE票の写真の貼り替えができる二部法学部を中心に替え玉受験を実行していた。また、平成元年度入試のころからは、不正防止のためE票の写真に打刻がされるようになったため、被告人らは、別途、志願者本人の写真を貼付したE票を作成した上で、E票自体を差し替えるようになった。

被告人らは、同大学に入学を希望して被告人らに相談を持ち掛けてくる者が増えてきたことなどから、平成三年度の入試においては、二部法学部のほかに、一部政治経済学部、二部商学部においても替え玉受験をすることを企て、判示の各犯行に及んだ。

二  全体的情状

本件は、以上のような経緯で、平成三年度の明治大学の入学選抜試験に際し、替え玉受験を企てた被告人らが、現役の大学生などに志願者に替わって受験させ、志願者作成名義の同大学選抜試験答案を偽造した上、これを試験監督者に提出させて行使したという有印私文書偽造、同行使の事案である。

その替え玉受験のやり方は、受験出願する志願者の顔写真をE票に貼付させ、試験当日の受験者本人及び合格後学籍原簿に貼付される顔写真と照合して入学選抜試験の公正を期していた明治大学の入学試験手続の盲点をつき、出願時には替え玉受験生の顔写真をE票に貼付して替え玉受験生に受験させた上、合格後E票自体を差し替えることによって、替え玉受験の発覚を免れるという極めて用意周到に準備された計画的かつ巧妙なものであり、その中核をなす本件各犯行についても、右同様の評価を受けるべきものである。

また、被告人らは、前記のとおり、相当以前から替え玉受験などの方法による明治大学の不正入学に関与してきたものであるところ、平成三年度入試においても従前同様、子弟を明治大学に入学させたいという親心から提供される金員を獲得するために本件各犯行を敢行したものであって、犯情は悪質である。

さらに被告人らの各犯行により、現実に明治大学の当該学部・学科の選抜試験の合否判定に害を及ぼしたばかりでなく、本件がマスコミを通じて大々的に取り上げられたこともあって、明治時代建学の伝統ある同大学の社会的信用を大きく失墜させるなど一般社会に及ぼした影響も大きい。

一方、本件で、現場に臨んで替え玉受験をした現役の大学生は、いずれも、本件犯行に関与したことにより、所属大学から退学又は無期停学処分を受け、あるいは自主退学のやむなきに至っているが、報酬に誘われて安易に応じた自らの責任であるとはいえ、社会的経験に乏しく精神的にも未熟な多くの学生を犯罪に巻き込み、その結果、彼らの将来に重大な影響を与えた被告人らの責任には重大なものがある。

三  個別的情状

1  その罪責を個別に検討すると、まず、被告人乙は、明治大学職員として、同大学の発展、社会的信用の確保に尽力すべき立場にありながら、その信頼を裏切り、本件替え玉受験の方法を考案し、昭和五九年度入試ころから、被告人甲らとともに毎年、替え玉受験を実行し、多額の報酬を得てきたという経緯で本件各犯行に及んだものであるところ、本件では、自ら志願者からの裏口入学の依頼を引き受け、あるいは共犯者が窓口となった志願者からの同じ依頼を引き受けて、共犯者Aを介し、あるいは、直接、替え玉学生の調達、割り振り、替え玉学生への受験票、報酬等の受渡しなどを行ったほか、被告人甲や共犯者aとの連絡、調整を行い、本件では最も中心的な役割を果たし、合計二〇回もの替え玉受験を直接指揮して約一四〇〇万円の報酬を得ている。ことに、当時明治大学学生であった共犯者Aを上長者の立場から巧みに替え玉受験に誘い込んだ上、同人に替え玉学生を集めさせ、彼ら学生にとっては魅力のある金額で誘うなどし、多数の学生に替え玉受験をさせたことは、強い非難に値する。以上によれば、同被告人の刑責は共犯者間で最も重い。してみると、同被告人は、公判廷において、本件各犯行を認め、反省の情を示していること、本件各犯行により得た利得を全額返還していること、前科前歴が存しないこと、明治大学職員を懲戒免職されていることなどの同被告人に有利ないし斟酌すべき事情も認められるが、前記刑責の重大性に鑑み、同被告人は実刑を免れず、主文の刑を相当と判断した。

2  被告人甲は、被告人乙同様明治大学の職員であり、同大学の発展、社会的信用の確保に尽力すべき立場にありながら、その信頼を裏切り、自ら志願者との直接の窓口になり、あるいは、被告人丙が窓口となった志願者を被告人乙に取り次ぐなどして、本件では合計七回の替え玉受験に関与し、約二三〇〇万円の報酬を得ており、昭和五九年度入試ころの替え玉受験の始まりにおいて被告人乙とそれぞれの役割を分担した上、替え玉受験を開始したもので、本件はその延長線上にあること、本件の平成三年度入試においても、被告人乙との間で、前年度までの二部法学部のみならず、一部政治経済学部及び二部商学部にも手を広げることを積極的に謀議したこと、被告人甲は、昭和四二年から同大学相撲部監督をしていたが、替え玉受験への関与が同部OB会に知られ、平成二年三月同部監督を辞任したことがあったにもかかわらず、その翌年に本件に至ったことなどをも考慮すると、その刑責は重い。してみると、同被告人は、公判廷において、本件各公訴事実を認め、反省の情を示していること、本件各犯行により得た利得を全額返還していること、前科前歴が存しないこと、明治大学職員を懲戒免職されていることなどの有利ないし斟酌すべき事情を考慮しても、同被告人もまた実刑を免れず、主文の刑を相当と判断した。

3  被告人丙は、広い人脈を利用して、多くの明治大学志願者との直接の窓口となり、それを被告人甲及び共犯者aに取り次いで延べ一〇回の替え玉受験に関与し、四〇〇〇万円を越える最も多額の報酬を得たものであるが、昭和五九年度入試ころから、替え玉受験に加わり、志願者との窓ロとなってこれを被告人甲らに取り次ぎ、多額の報酬を得てきたとの経緯にも照らすと、その刑責は重く、同被告人を実刑に処すことも十分考えられるところである。しかしながら、同被告人は、昭和三四年明治大学商学部を卒業し、かつて短期間同大学野球部監督を務めたことがあるが、同大学の職員ではなく、被告人乙、同甲ら同大学の内部に精通した者でなければ考案・敢行しえない替え玉受験にいわば便乗する形で本件各犯行に関与し、そのため志願者の親や仲介者等からの依頼を被告人甲あるいは共犯者aに取り次いだという側面があること、本件替え玉受験で得た利益の全額を返還し、さらに、過去に得た利益のうち明らかなものについても、依頼者に返還しあるいは贖罪寄付するなどして反省の情を示していること、傷害による罰金前科しか存しないこと、昭和六二年の交通事故により両眼失明したことなどの有利ないし斟酌すべき事情が存するので、これを考慮し、同被告人を主文の刑に処した上、その刑の執行を猶予することとした。

(裁判長裁判官中川武隆 裁判官青柳勤 裁判官松本利幸)

別表〈省略〉

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